第1回教化研修会 - 長野県神道青年会活動報告2

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R6.12.5第1回教化研修会

活動委員会 理事 牧野禎彦

神道と関係の深いお米と日本酒の生産をしている方々のお話をお聞きしました。長野は一等米の比率が高く、米や酒の生産に恵まれた環境である一方、苦境に立たされている一面も伺うことが出来ました。

日本酒業界は新規参入が認められていない状況です。それが既得権益となり、業界全体が衰退してきたとのことでした。それぞれの努力や試行錯誤の元で自由な競争原理が働く環境を整えることで更なる発展が見込めるのではないでしょうか。

また、日本酒を始めアルコール類は酒税の負担に苦しめられています。お供えを自給自足で賄える神社はほとんど無いので、このような方々がいなければ神社の祭りができなくなってしまうとても尊い仕事です。にもかかわらず、政府によって手足を縛られているような事実を知り、もどかしい気持ちになりました。

日本には現在酒税以外にもタバコ税やゴルフ税など約五十種類の税金があり、日本人が税金や社会保障費用をどの程度負担しているかを示す国民負担率は約50%となっています。一〇三万円の壁も話題となっていますが、膨らむ国民負担を容認してきた日本人の選択が自らの成長を阻害してきたのだと思います。

今こそ仁徳天皇の民の竈という、素晴らしい故事に倣うべきではないでしょうか。左派のように聞こえるかもしれませんが、日本を大切に思う人こそ減税と規制緩和を主張をするべきかと思います。神職として、関わりのある他業界の事も知ってお互いの発展の為に協力していきたいと感じました。

 

 あゝ幻の教化研修会

副会長 大澤 和明
 
令和六年十二月五日、戸倉上山田温泉の圓山荘に於いて「第一回教化研修会」を開催した。
 本年、長野県は東海地区の当番県にあたり、恒例の神道青年東海地区協議会総会及び教化研修会を八月二十八日から二十九日の二日間に掛けて行う予定で着々と準備を進めていた。

 ところが、開催を目前に控えた八月二十日を過ぎた頃より台風十号の接近と東海地方への上陸の可能性を報じるニュースが続々と伝えられ、八月二十五日に正副会長を始め監事にも出席を願い緊急執行部会を開いて対応を協議した。この時点において既に参加予定者から「参加を見合わせる」との連絡が複数入っていた為、当番県としては止むを得ず開催延期という意見に纏まり、同日に東海地区正副会長会へ報告した。

 総会はオンライン開催となり、教化研修会は東海地区各県と相談しつつ再度の開催を狙って日程調整を進めていたものの、二度に亘って東海五県全て都合の良い日程を探す事は予想以上に困難を極めた。

 十月四日、最終的に東海地区協議会では本年度の教化研修会は中止との判断が下り、ここに来て会員一丸となって進めてきた計画がすべて白紙となってしまった。

 しかし、これでは諸準備を進めてきた会員の苦労が報われない。何か良い案は無いものかと考えた結果、例年十二月初旬に名古屋市内で開催されていた「東海地区顧問会」が本年より当番県にて開催されることが決まっており東海地区各県からも長野県に会員が集まる機会があった。この機会に合わせて開催出来ないか。

だが、この案は東海地区主催事業としては一度断念した経緯がある。単位会単独の事業としてならば可能性は確かにあった。

翌日に親睦行事も行う事が理想的ではあったが、師走の時期という事もあり研修会のみを代替研修として教化研修会と全く同じ内容で行う方向で進める事とした。

長野県の研修会に東海地区の会員も参加可能な形をとったが、なにぶん午後からの役員会、それに続く顧問会に影響を与えない日程で開催する必要があった為、午前九時より正午迄の三時間とした。

研修会の主題は東海地区教化研修会と同じ神職と所縁深い「米」と「酒」である。講師は大信州酒造の田中社長、太陽と大地の柳澤社長に御講演頂いた。講師の先生方には御多忙の中、二度に亘って御都合を合わせて頂き感謝の極みである。

早朝からの厳しい日程にも関わらず当会から十四名、県外からも五名の参加があり、参加して下さった方々にはこの場をお借りして心より厚く御礼申し上げる次第である。

研修会終了後、懇親会場の一角に親睦行事で使用する目的で会員有志により製作した武具甲冑類を展示、実際に使うことは叶わなかったものの日の目を見る機会が得られ会員の苦労が僅かながらも報われて嬉しかった。

参加者への記念品は講師お二方の合作ともいうべき日本酒とお米、お米は東御市の特別協賛企業メイクワン製作のアクリル製一合桝に収めた。これらの記念品は顧問会の場で各県へ配布した。

私は本年度を以て青年会を卒業する。教化研修会担当の委員長に決まった時に、この研修会事業を完遂する事が神青会活動の集大成であり、そして令和六年度の目標でもあった。無念ではあるものの、時期や形は違えども代替事業が行えた事は非常に有難く思っている。

 五年後には再び長野県が当番県となる。その時は次世代の会員が長野県らしさを前面に出した企画をしてくれる事を願ってやまない。

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